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【正論4月号】韓国「三・一独立運動」のウソ 評論家 八幡和郎

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3月1日、ソウル市内で「三・一独立運動」から100年を迎える記念行事に参加した人々(聯合=共同)
3月1日、ソウル市内で「三・一独立運動」から100年を迎える記念行事に参加した人々(聯合=共同)

※この記事は、月刊「正論4月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。

 この『正論』4月号が発売される2019年3月1日は、日本の植民地時代に朝鮮半島で起こった「三・一独立運動」から百周年にあたる。彼の地においては史実とかけ離れた反日史観が炸裂し、事実の捏造を交えながらのキャンペーンが展開されることが予想されるので、この一月に出した『捏造だらけの韓国史』(ワニブックス)では次のように書いておいた。

 「どうせ、韓国では愛国的粉飾を加えて、『大虐殺があった』、『大韓民国の建国はこの時だ』などと言うに決まっています。しかし、『大虐殺』など幻ですし、むしろ、『三・一運動』を機に日本の朝鮮統治は安定し、皇民化へ向かって大きく舵が切られたのです」

 「今年のイベントを機に、韓国は得意の『歴史捏造』をしながら、さらに反日攻勢を加速していくことも予想されます。しかし、日本国民はそういう虚構に対して、毅然として立ち向かう覚悟をしなくてはなりません」

 ここに書いた「大韓民国の建国はこの時だ」という主張については、日本人に馴染みがないので、少し説明を加えておきたい。

 2017年12月、重慶を訪問した文在寅大統領は「大韓民国臨時政府」庁舎跡を視察し、「臨時政府は韓国の根っこだ」と述べ、韓国は中国での抗日活動を継承した国家だと強調した。

 三・一運動による混乱がまだ続いていた1919年4月13日(11日という人もいる)、李王家傍流(ハングルを創った世宗の兄の子孫)である李承晩(後の大韓民国初代大統領)らが上海で大韓民国臨時政府を樹立した。

 しかし、当時の世界はもちろん、朝鮮でもそれほど注目されたわけではなく、李承晩は1925年に内輪もめにより離脱し、そのあとは左派の一部が重慶で蒋介石の庇護の元、細々と活動しただけであった。ところが、戦後にアメリカが李承晩を南の指導者に就けたことから、彼によって「これが大韓民国の建国である」などという空想的な歴史観が生み出されたわけである。サンフランシスコ講和条約が締結される際に韓国は「戦勝国として参加させろ」と騒いだが、相手にされず、その腹いせもあって、竹島を占拠した。

 たしかに現在の韓国の憲法前文には、「大韓国民は三・一運動で成立した大韓民国臨時政府の法統」を継承すると書かれているが、あまり現実的な意味はないので、朴槿恵政権のもとでは、1948年をもって「大韓民国樹立」としていた。ところが、文在寅大統領は、前政権に対抗する意味からも、この臨時政府の活動を高く評価することで反日キャンペーン、媚中活動、国内における反保守勢力の歴史観への戦いの道具にしたがっているのである。

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