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【日本スプリントの挑戦(43)】10年後に銀メダルに繰り上がって 北京五輪400mリレーメンバーの今

2008年北京五輪で、金メダルのジャマイカチームの横に並んで銅メダリストとして表彰される日本チーム(右から朝原、高平、末続、塚原)。10年後、ジャマイカのメダルが剥奪され、日本は2位になった=2008年8月(奈須稔撮影)
2008年北京五輪で、金メダルのジャマイカチームの横に並んで銅メダリストとして表彰される日本チーム(右から朝原、高平、末続、塚原)。10年後、ジャマイカのメダルが剥奪され、日本は2位になった=2008年8月(奈須稔撮影)
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 その電子メールが日本オリンピック委員会(JOC)から報道関係者に配信されたのは、2018年12月11日だった。添付された文書は、2008年北京五輪の男子400メートルリレーの日本チームの順位が銅メダルから銀メダルへと繰り上がったことを簡潔に伝えていた。

 10年。真の結果が確定するまで要した時間だ。あのレースを走った日本の4人にとって、この歳月はどんな意味を持つのか。そして、メダルの色が変わること、メダリストとして生きることを今、どう捉えているのか-。

 メダルの重みに育ててもらった

 「何があったの? どういうこと? そうなのねって感じで、ヨーイドンしたときの感動ではないですよ。うれしさとは違う感情があった」

 北京五輪で1走だった塚原直貴は、こう語る。10年間も銅メダリストとして生きてきた者の率直な感想だろう。

 16年6月、最新技術を用いた北京五輪の検体の再検査で、優勝したジャマイカの1走、ネスタ・カーターが興奮作用のある禁止薬物のメチルヘキサンアミンに陽性反応を示したことが判明。国際オリンピック委員会(IOC)は17年1月にジャマイカの金メダルを剥奪すると発表した。その後、カーターは処分を不服としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したものの、昨年5月に棄却され、ようやくIOCが順位の変更を正式に通達したのだった。

 銀メダルの授与は改めて行われる。日程や場所は調整中だが、塚原は「北京の、あの瞬間を共有した人たちにしっかり経緯を報告することが大事。そういう意味では(授与式は)大きい所の方がいいのかな」と考えている。

 4人の中で最も若く、北京五輪の時、23歳。その後、8シーズンに渡って現役を続けてきた。

 「メダルを取って苦しんだ。重みを感じていたからこそ、取ってからの活動が気になった。どうあるべきか。周りからの見られ方よりも自分で自分自身にプレッシャーを掛けていたかもしれない。己を律するというか、そういう感覚はありました。最終的に“らしさ”がなくなった。(重荷に感じるものを)下ろすときがあっても良かったのかもしれない」

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