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【政治デスクノート】「衆参W選」の影に翻弄される永田町 過去2回は与党もだまし討ち

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 直近から33年も過ぎており、現職の国会議員で経験者は数人しかいない。過去2回、ダブル選を体験した自民党の船田元・元経済企画庁長官(65)は「与党議員ですら『まさかそんなことはないだろう』と考え、選挙準備もしないうちに突然戦いの幕が開いた」と振り返る。

 船田氏が特に印象深く覚えているのが、初当選から7カ月あまりで迎えた昭和55年のダブル選だ。当時は26歳だった。

 前年には、大平正芳首相率いる大平派と田中派による党内主流派が、福田、三木、中曽根3派などと党を二分する争いを演じた「四十日抗争」が勃発。翌55年の通常国会では野党が提出した大平内閣不信任決議案の可否が注目されていた。

 自民党の反主流派は大平首相の退陣を狙い、不信任案に同調するとの臆測が広がっていた。しかし、船田氏は大半の議員が衆院選の準備をしていないことから、「与党議員として衆院解散を誘引しかねない事態は避けるだろう」と考えたという。自身も参院選栃木選挙区で、自民党候補の選挙事務長を任され、衆院選の準備は手つかずだった。

 不信任案が上程された当時、船田氏は当選1回の最若手として、衆院本会議場の最前列に座っていた。ところが、議席から後ろを振り返ると、自民党の非主流派議員がごっそりいない。「採決までに必ず戻るだろう」と思っているうちに議場が閉鎖され、不信任案は可決。さらに大平首相は内閣総辞職でなく、衆院解散を選択した。

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