PR

ニュース プレミアム

【iRONNA発】二階派合流の政治家・細野豪志に同情する 上久保誠人氏

Messenger

 前原氏が政界入りしたのは平成5年の総選挙で、自民党の38年間の長期政権に幕を下ろし、非自民の連立政権である細川政権が誕生したときであった。当時、自民党の長期政権に対する批判が高まり、「政治改革」が一大ブームを巻き起こした。

 そのブームに乗って政界入りを目指す若者も多かった。それは、旧社会党や旧民社党、市民運動系だけではなく、前原氏や野田佳彦元首相ら「松下政経塾出身者」が中心の保守的な政策志向を持つ若者も少なくなかったのである。

 政界を目指す保守系の若者にとって、大きな壁になったのが「選挙」だった。日本の選挙では「地盤・看板・カバン」の三バンが重視され、それを持たない新人が政治家になるのは難しい。議員になりたくても、地元選挙区には自民党現職がいるだけでなく、その後継者まで既に決まっていることが多かった。そういう若者の受け皿となったのが、細川氏が立ち上げた日本新党をはじめとする「新党ブーム」であったことは言を俟(ま)たない。

 しかも、保守系新人の発掘や受け入れという点では、実は自民党と新党は水面下でつながっている。つまり、保守系新人がどの党から立候補するかは、政策志向や思想信条の違いではなく、単に選挙区の事情なのである。

 ◆冷遇は必至

 さて、細野氏が自民党に移ったとしても、明るい将来はないだろう。自民党には離党しての「出戻り組」にさえ冷たくて厳しい不文律がある。自民党所属経験のない細野氏が自民党に入っても冷遇されるのは目に見えている。

 だが、この件について細野氏を「節操がない裏切り者」とバッシングするだけでいいのか。親の地盤を引き継ぎ、若くして議員になって、自民党の「当選回数至上主義」という年功序列システムの中で早く出世できる世襲議員よりも、一代で政治家になった人物の方が、時に「節操がない」「裏切り者」とされる行動を取ってでも、「生き馬の目を抜く」政界で生き残りを図るのが難しいのは明らかであろう。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ