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【iRONNA発】二階派合流の政治家・細野豪志に同情する 上久保誠人氏

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衆院本会議で、自民党の二階幹事長(左)と言葉を交わす細野豪志氏=5日
衆院本会議で、自民党の二階幹事長(左)と言葉を交わす細野豪志氏=5日

 かつて「民主党のホープ」と呼ばれた細野豪志衆院議員が、自民党二階派入りした。これにはさすがに「節操がない」との声も上がるが、そもそも細野氏自身「自民党議員」をずっと望んでいた節もある。とはいえ、本当にそれでいいの?

                   

 かくいう筆者も、細野氏と二階俊博幹事長の「節操のなさ」には閉口している一人である。一方で、細野氏に同情しているし、「来るもの拒まず」のスタンスで派閥勢力の拡大を図る二階氏についても「生き馬の目を抜く政界で、そういう情のかけ方があってもいい」とも考える。

 だが、それ以前の問題として、細野氏はずっと自民党に入りたかったのではないだろうか。民主党政権時代に環境相を務め、野党転落後も党幹事長や後継政党である民進党の代表代行を歴任した細野氏だが、平成29年に民進党を離党し、東京都の小池百合子知事らと希望の党を結成した。

 そして、同年10月の総選挙直前に、民進党代表に就任した前原誠司氏が「何が何でも安倍政権を倒す」と宣言し、党内分裂の引き金になった「荒業」が希望の党への合流だった。それは、結果的に立憲民主党というリベラル政党の結成を促し、衆院選は大惨敗に終わった。

 ◆「野党の左傾化」

 細野氏や前原氏らが主導した無謀な行動の背景には、「野党の左傾化」による孤立という強いストレスがあった。結局、細野氏が迷走を続けた末に、とうとう自民党に走った背景には自民党に入りたくても入れなかった「新党保守派」としての運命があった。

 細野氏の政界入りには、母校京大の先輩である前原氏が関わっている。そもそも、細野氏を政界に引っ張った前原氏自身が、保守派論客として知られる。しかし、彼の政界入りも、実は自民党からの立候補がかなわなかったため、細川護煕元首相が立ち上げた日本新党から出馬したという経緯があった。

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