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温泉観光にも歴史あり 国立公文書館で「温泉」展

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江戸後期の箱根温泉を案内した「七湯集」より浴場風景(国立公文書館蔵)
江戸後期の箱根温泉を案内した「七湯集」より浴場風景(国立公文書館蔵)

 温泉が恋しい季節だ。古来、日本人が親しんできた温泉だが、昔の人たちは実際どのように温泉を利用し、湯治文化を育んできたのだろうか。日本人と温泉の関係を江戸時代を中心に古文書や図絵でたどる企画展「温泉~江戸の湯めぐり」が、東京都千代田区の国立公文書館で開かれている。

すでに行楽地

 日本で温泉文化が発展したのは江戸時代。特に江戸中期以降は、現代の「るるぶ」「ことりっぷ」のような観光ガイド本に相当する「名所図会(ずえ)」が多数刊行されるようになり、多くの人が遠隔地の温泉を訪ねるようになった。

 展示されている「七湯(しちとう)集」は、江戸時代後期に成立した箱根温泉(神奈川県箱根町)の案内書。箱根七湯として知られる湯本、塔之沢、堂ケ島、宮ノ下、底倉、木賀、芦之湯の各湯治場について、その効能や周辺の名所旧跡を彩色イラストを交え紹介する内容だ。寛政9(1797)年刊の「東海道名所図会」も同じく箱根を取り上げているが、興味深いのは現地での楊弓(ようきゅう)(遊戯用の小型弓を使った射的)や軍書読み(講談)などの娯楽を含めて「養生」ととらえていること。この時期、箱根などの大温泉地は療養の場としての面以外に、すでに行楽地化も進んでいたことをうかがわせる。

400年前の入浴法

 一方で、医療が未発達な前近代では切実に健康増進効果が求められていた。

 ロングセラー健康書「養生訓」の著者として有名な貝原益軒(えきけん)が宝永8(1711)年に刊行した「有馬山温泉記」には、有馬温泉(神戸市北区)での「入湯の法」として「いきなり湯につかるのではなく、まず足をひたし、柄杓(ひしゃく)で頭から肩にかけて湯をかけ、かるく湯に入る」などと細かく指南しており、体の末端から少しずつ温める負担の少ない入浴法として現代でも通じるものがある。

 同様の作法は国学者、石出吉深(いしで・よしふか)の「所歴日記」(寛文4=1664年成立)や儒者、林羅山(らざん)の「摂州有馬温湯記」(元和7=1621年成立)にも記されており、有馬温泉では少なくとも江戸初期には確立していた入浴法だったことが分かる。

最高の温泉はここだ

 温泉の泉質により効能がさまざまであることは当時から経験的に知られており、症状に応じて使い分けられていた。草津温泉(群馬県草津町)について記した「神社仏閣道中記」(文化5=1808年成立)では、強酸性で殺菌効果が高く皮膚病によく効くが長くつかると肌が荒れる草津で湯治を行った後、近隣にある肌に優しい硫酸塩泉の沢渡温泉で癒やすべきことも記述されている。

 また本草学(植物を中心とした薬物学)などの温泉研究も始まった。香川修徳の「一本堂薬選」(享保16=1731~元文3=1738年刊)は、効能面では「極熱(非常に熱い)」の温泉がよいとした上で、諸国にあまたある温泉の中でも城崎温泉(きのさきおんせん)(兵庫県豊岡市)の新湯が「第一」だと断定した。

 展示を担当した同館の高橋喜子調査員によると、この本によって城崎温泉の人気が一気に高まったという。ほか、海水や硫黄などを使った人工温泉の作り方が江戸時代から研究されていたというのも面白い。

許可制だった公人の湯治

 高橋調査員がおすすめする今回の展示の目玉は、幕臣や大名などの公人が湯治に行く際に幕府に提出した文書「湯治願(とうじねがい)」。今回は、上野国(こうずけのくに)伊勢崎藩の前藩主、酒井忠恒が病気のため伊香保温泉の「汲湯(くみゆ)(温泉の湯を取り寄せること)」を用いたいと願い出て許可された際に、幕府老中にあてて出した礼状が展示されている。明治政府が接収した江戸城に残されていた大量の未整理文書「多聞櫓(たもんやぐら)文書」を受け継いだ同館ならではの貴重な一点ものとなる。

 この「湯治願」の形式は意外なことに明治前期まで受け継がれており、明治14年6月に右大臣の岩倉具視(いわくら・ともみ)が持病の頭痛が悪化したとして有馬温泉に赴いた際に提出したものも並んでいる。ただ、この願が出されたのは憲法制定や国会開設をめぐる政争「明治十四年の政変」に絡む時期であり、岩倉の頭痛が本当にひどかったのか、それとも東京を離れる口実だったのかは要検討だろう。

 切実な病気療養の場ではありつつも、徐々に行楽地としての面も見せ始める。現代に通じる温泉の姿が、すでに江戸時代に現れていたことを感じさせる企画展だ。(文化部 磨井慎吾)

 入場無料。3月9日まで。日・祝日休止。問い合わせは同館(03・3214・0621)。

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