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【時刻表は読み物です】バブルの時代 オリエント急行と山一証券が表紙

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パリ発「オリエント急行」の東京到着を伝える産経新聞昭和63年10月18日夕刊1面
パリ発「オリエント急行」の東京到着を伝える産経新聞昭和63年10月18日夕刊1面

 「平成」が間もなく終わる。時刻表はこれからも変わりなく、時代のダイヤを掲載し続けていく。さて、平成が始まるころの時刻表はどうだったのか。「JTB時刻表」の1989年1月号を見れば、バブル経済の最中にある空前の好景気と昭和の薫りが入り交じった時代が見て取れる。

 厳密にいえば、昭和63(1988)年12月下旬に発売された時刻表だが、昭和が終わり、平成に変わるとき、書店に並んでいた。表と裏の表紙が、その時を表している。表は「オリエント急行 東海道本線(新橋-浜松町)」。京浜東北線の103系と並走するオリエント急行の姿が掲載されている。

 日本にオリエント急行。普通に考えればミスマッチだが、何とこの時代、あのアガサ・クリスティの推理小説「オリエント急行殺人事件」で知られる豪華国際列車が、パリを始発点にして東京まで運行するという大イベントがフジテレビ開局30周年記念行事として行われたのだ。

 当時、ツアー列車としてヨーロッパで運行されていた。その個室寝台車、食堂車、バー車などを使い、ユーラシア大陸を横断する1万5千キロ以上のツアーは昭和63年9月7日、フランス国鉄の蒸気機関車に引かれ、東京を目指してパリを出発。途中、ベルリン、ワルシャワ、モスクワ、北京などを経て香港からは海路で日本の山口県に着き、広島から東京まで運行。車両の幅が違うため、世界中で3度も台車を乗り換えるという難しい旅を行った。

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