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【昭和天皇の87年】闇に葬られた「桜会」の謀略 中堅将校に過激思想がみなぎった

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 元老西園寺公望の私設秘書、原田熊雄が歩兵第5旅団長だった東久邇宮稔彦王から衝撃的な疑惑を知らされたのは、昭和6年8月2日である。

 「(前陸相の)宇垣(一成)朝鮮総督はクーデターを議会中にやらうとしたのぢやないか。或る陸軍の若い士官が自分の所に来て、『宇垣は野心家であります。議会中にクーデターをやる計画をしたさうです』と言つてゐたが…」

 原田は驚いた。事実かどうかを知己の陸軍省動員課長にたずねると、「絶対に秘密にしておいてもらいたいが、自分はよく知っている」と、未遂に終わった計画の概要を打ち明けてくれた。

 のちに三月事件と呼ばれる、クーデター計画の顛末(てんまつ)はこうである。

 中心となったのは、参謀本部ロシア班長の橋本欣五郎らが結成した秘密結社「桜会」のメンバーだ。政党政治が堕落していると考えた橋本ら中堅将校は、参謀次長、軍務局長、参謀本部第2部長らの賛同を得て、国家改造に向けた謀略を企てた。まず、協力者で過激右翼の大川周明が1万人の大衆を動員し、国会議事堂周辺で大騒動を起こす。これを鎮圧するため第1師団が出動。混乱の中で閣僚に辞職を迫り、当時陸相の宇垣を首班とする軍事政権をつくる-。

 実行日は6年3月20日とされ、演習用の擬砲弾300発が大川に渡された。しかし、陸軍内部から反対の声が上がり、当初は乗り気だった宇垣も直前で中止を命令。計画は闇に葬られた。

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