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【昭和天皇の87年】凶弾に倒れたライオン宰相 尊皇の道こそ「男子の本懐」

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 政界入りしてからは蔵相や内相を歴任。いわゆる料亭政治を嫌い、首相になってからも根回しを好まず、軍縮条約をめぐる難局には「玉砕すとも男子の本懐」と正面突破で乗り切った。

 そんなライオン宰相も、弱気になることがあったようだ。首相在任中、こう書き残している。

 「内外重要の国務蝟集(いしゅう)して、之が解決必ずしも容易ならざるに至って、平素の修養の足らざる為か、残念ながら時に或は気餒(う)え力弛(ゆる)む様なことがないでもなかった。此の如き場合に偶々(たまたま)麗わしき天顔を拝して優渥なる御諚を承(うけたまわ)ることがあると、其の度毎(たびごと)に精神凜乎(りんこ)として勇気百倍、何とも言うことの出来ない感じが胸中に充ち満ちて来ることを覚ゆるのである」

 尊皇の志厚い浜口は、昭和天皇の励ましを受け、勇気を奮い立たせていたのである。

× × ×

 翌年3月9日、浜口は参内し、首相復帰を内奏した。昭和天皇は病身をいたわり、杖(つえ)の使用を許したが、浜口は拝謁前に杖を侍従に預けた。

 翌日から登院して政友会の質問に答弁する。だが、無理がたたったのだろう。4月4日に再入院し、総辞職を決意、その5カ月後に不帰の客となった。

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