PR

ニュース プレミアム

【藤本欣也の中国探訪】胡耀邦像が故郷・湖南省に 失脚した指導者なのになぜ

Messenger

 生家の近くに「廉」の字のモニュメントがあった。「耀邦広場」に面した岩肌にも、「廉」の文字が赤く刻み込まれていた。清廉潔白の政治家であったことを強調したいのだろう。

 「共産党人は人民のために仕事をするのであって、一家一族のためではない」

 記念館では、胡氏のこんな言葉の数々が写真、資料とともに紹介されている。

 陳列ケースの一角に、胡氏がぼろぼろになるまで着込んだ下着のシャツが展示されていた。

□ □

 胡氏は文化大革命(66~76年)時代、●(=登におおざと)小平同様、2度の失脚を経験している。復権後は党中央組織部長などを歴任し、文革の残滓(ざんし)である毛沢東崇拝を打破した。

 81年に党主席(後に総書記)に就任、改革開放政策のかじ取り役を担ったが、87年に学生デモへの対応が手ぬるいなどと保守派から批判されて失脚した。

 「中央政治局拡大会議は、総書記の職務を辞任するという胡耀邦の申請に同意した」

 記念館では、胡氏の3度の失脚に関する紹介がほとんどない。最後の失脚についても、自ら総書記の辞任を申し出たことを強調しているが、その辞任理由はどこにも記されていない。

 「胡耀邦同志は多くの優秀な共産党員の中でも特に傑出した党員だった」

 記念館のこの結びの言葉そのままの人生を演出しようとしていた。

 しかし-。

 「昔は党を信じていたけど、今はそうではないからね…」。記念館を見終わった中年女性たちのグループからは、こんな会話が聞こえてくるのである。

□ □

 共産党の習近平指導部は2015年11月、胡耀邦生誕百周年記念座談会を開催、習国家主席(総書記)が重要講話を行っている。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ