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【経済インサイド】スタートは社内報だった 第一生命の「サラ川」誕生秘話

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第一生命保険のサラリーマン川柳担当、山本愛さん=平成30年12月21日、東京都千代田区(林修太郎撮影)
第一生命保険のサラリーマン川柳担当、山本愛さん=平成30年12月21日、東京都千代田区(林修太郎撮影)

 「こわごわと パソコンにらむ 五十坂」-。5・7・5に日常のちょっとした機微を乗せる第一生命保険の「サラリーマン川柳」。第一生命になじみがなくとも「サラ川」は知っているという人も多いだろう。今年の募集で32回を数え、応募総数はなんと114万句を数える看板企画だが、一般に公開されていない「幻の回」があるのは知られていない。冒頭の「こわごわと-」は、その1句。昭和末期、パソコンが導入された当時の困惑が浮かぶ。

 ■初回は非公表

 第一生命によると、サラリーマン川柳は社内報の1コーナーとして始まった。昭和60年の秋ごろ、社内報新年号の新企画としてある広報担当社員が発案したのがその起源だ。社内では「川柳はそんな簡単にできない」という声もあったという。

 ふたを開ければ大当たり。数多くの句が集まり、新年号では新年の西暦(1986年)に合わせた86句を厳選した。編集作業と並行し、サラ川を世間に売り込めないかというアイデアも生まれた。担当社員は社内報のゲラ刷りを片手にとある新聞社に猛アピール。数日後となる昭和60年12月22日、見事に新聞の顔である1面に掲載された。

 その後、広報部だけでなく業務部などからの協力を得て社外から作品を募る現在の形となった。新聞掲載などメディアでの露出も手伝って昭和62年の記念すべき第1回には全国から1万句以上の応募があり、大成功となった。

 その後も幻の初回は一般公表されていない。「あくまで社内向けのものであるから」というのがその理由だ。確かに当時の社内報をこっそり見せてもらうと「わりかんで 酒飲みながら 部下しかる」「早帰り せよという言う手に また書類」など、公開するにはちょっとシニカルなのかもしれない。

 30年超の時を経た現在、サラ川は毎回4万句以上の作品を集める“お化けコンテンツ”へと姿を変え、第一生命ブランドの向上に一役も二役も買っている。昭和、平成と積み重なってきたサラ川を読み解くと、当時の空気感を色濃く反映した、ある種の歴史書に近いような感もある。

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