PR

ニュース プレミアム

【関西企業のDNA】「暮らしを創る」 市川兄弟から始まった象印マホービン

Messenger

 八木は明治45年、電球製造の真空技術を応用して国産第1号の魔法瓶を完成し、「八木魔法器製作所」を起業。以降は大正~昭和に数多くの魔法瓶メーカーが登場し、優秀なガラス職人が集積していた大阪が、その中心地となった。

 これに目を着けたのが愛知県で電球加工職人だった市川金三郎で、兄の銀三郎(1898~1952年)とともに大正7年、大阪市西区に合名会社「市川兄弟(けいてい)商会」を設立し、魔法瓶の中瓶製造に乗り出した。昭和36年に現社名となった象印マホービンの創業年だ。

ゾウの由来は?

 兄弟は下請けの中瓶製造にとどまらず、12年に初めて自社製品第1号の魔法瓶を完成、量産化に乗り出した。「当時は英仏の植民地として欧州人が多く暮らしていた東南アジア向けなどへの輸出が中心のため、現地で神聖な動物とされ、生命力が強く寿命の長いゾウが商標に選ばれた」と、象印で周年事業事務局長を務める樋川潤・経営企画部チーフマネジャー。

 その後、弟の金三郎は大正末期に始まったラジオ放送で注目された真空管の製造に夢をはせて上京。兄の銀三郎は大阪で魔法瓶専業に励み、先の大戦の混乱期を経て、長男の重幸とともに事業の復興に当たった。

 重幸は「本当の魔法瓶の使い方は家庭で使う卓上型ポットにある」と開発に取り組み、昭和23年に戦後第1号商品「ポットペリカン」を発売。銀三郎は「お前の好きにしたらええ」と、重幸ら若い世代に、暮らしに根ざしたものづくりを任せるようになった。このポットペリカンも記念館に展示されている。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ