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【経済インサイド】マツダ「ロードスター」が30周年へ 小型スポーツカーを守り続ける理由

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マツダの歴代「ロードスター」。手前は初代モデル=10月、横浜市のマツダR&Dセンター横浜(臼井慎太郎撮影)
マツダの歴代「ロードスター」。手前は初代モデル=10月、横浜市のマツダR&Dセンター横浜(臼井慎太郎撮影)

 マツダのブランドを象徴するオープンタイプの小型スポーツカー「ロードスター」が来年2月、デビュー30周年を迎える。長年にわたりファンの心を揺さぶり続けてきたロードスターにも、電動化やカーシェアリングといった変革の波が押し寄せつつあるが、開発は継続する方針だ。使い勝手を重視した車に押されて存在感が薄くなったスポーツカーの市場で飽くなき挑戦を続ける理由を探った。

 10月にマツダR&Dセンター横浜(横浜市)で行われた取材会に向かうと、曲線美が光るデザインの4台がたたずんでいた。平成元年4月に初代の生産を始め、3度の全面改良を重ねた歴代のロードスターだ。

 12年には、最も多く生産された「2人乗り小型オープンスポーツカー」としてギネス世界記録に認定。28年には累計生産台数100万台を達成し、今も国内外の根強いファンから支持を集めている。昨年の国内販売実績は前年比14%増の約7000台だった。

 ファンをひきつける魅力が、初代から受け継がれる「人馬一体」だ。騎手が疾走する馬に乗りながら的に向けて矢を射る伝統武芸「流鏑馬(やぶさめ)」を由来とする製品コンセプトで、騎手と馬の関係のように運転手が意のままに操れる車を追求したという。

 記者は走りを体感しようと初代の助手席に乗車。さらに27年に発売した4代目を運転し、俊敏で軽快な走りを味わった。4代目は排気量1・5リットルのエンジンなど基幹部品を軽くすることで1トンを切る重量を実現。エンジンを車体の前に置き後輪で駆動するロードスターは、前後の重量を均等にバランスさせており、カーブを走る際に車との一体感を感じることもできた。

 ■逆風との戦い

 ロードスターは1970年に米国で制定された排ガス規制などの影響で一度は消えた小型スポーツカーを復活させる呼び水となったが、ブランドの象徴となるまでの道のりは険しかった。

 趣味性が強いスポーツカーは大量な販売が望めず、独自の車台も必要となる。これが開発と製造のコスト増を招くため、存続の議論を呼びやすい。ロードスターも、平成8年に米フォードの傘下に入ったマツダがバブル崩壊で不振に陥った経営を立て直す過程などで「いかに継続するか」という課題に直面したという。

 マツダで商品本部主査兼チーフデザイナーを務める中山雅氏は、ロードスターが誕生した元年に入社。以来、オーナーでもある中山氏は「車造りで理想を追うことよりも、ビジネスとして上手にやらなければいけないという難しい時期もあった」と振り返る。

 その後も、実用性も高めたスポーツ用多目的車(SUV)の台頭や所有にこだわらない消費者の増加など取り巻く環境が変化。中山氏は「この先も難しい場面が出てくると思うが、ファンのために『小さくて軽く、運転し楽しい車』を造り続けたい」と決意を述べた。

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