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日本を変えた技術 東京の国立科学博物館に大集合

技術とデザイン

 一方、日本の技術は大きなものを小さくした。

 10月29日の開会式で、宮田亮平文化庁長官は「世界に誇る文化をつくっていくには、科学技術が欠かせない。科学技術の外側にはデザインがあり、(科学技術とデザインが)一体となったときに素晴らしいものが生まれる」と、金属工芸家で元東京芸術大学学長らしいあいさつをしたが、トランジスタラジオは、まさに科学技術とデザインが一体になった好例だろう。

 同展ではそのラジオの変遷も源流からたどることができる。

 ラジオ放送は、米技術者デ・フォレスト(1874~1961年)が1907年に発明した三極真空管をもとに、20年に米国で始まった。日本では、大正14(1925)年から。

 当時の受信機の大半は箱形の鉱石ラジオ。教員の初任給25円を超える高価なものだったという。

 東京通信工業(現ソニー)が「トランジスタラジオTR-55」を製造販売したのは昭和30年だった。高周波トランジスタを開発した同社は、それをラジオに用いることで据え置き型だったラジオを持ち運び可能にした。

 このアイデアは54年発売の世界初の携帯型ステレオカセット再生機「ウォークマン」にも引き継がれる。

 その再生・録音の源流は、米国のトーマス・アルバ・エジソン(1847~1931年)が発明した「フォノグラフ」。同展には、日本最初の録音機である重要文化財の「蘇言機(そごんき)」、そしてエジソンが明治天皇に献上した「クラスM蓄音機」も展示されている。

 この蘇言機は、フォノグラフ発明を聞いた英技術者、ジェームス・ユーイング(1855~1935年)が製作した。

 重さの単位「キログラム」を来年5月からは物理学の「プランク定数」をもとに定めることが11月16日に決まったが、1889年に定められた「国際キログラム原器」を翌90(明治23)年に、フランスの国際度量衡局から日本へ運んだ際の運搬容器というちょっと変わり種も展示されている。船が沈没しても回収できるよう、高い気密性を備えていた。(文化部 伊藤洋一)

 「日本を変えた千の技術博」 平成31年3月3日まで、国立科学博物館(東京都台東区上野公園7の20)で。毎週月曜および12月28日~1月1日、同15日、2月12日は休館。入場料は一般1600円、高校・中学・小学生は600円。

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