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【昭和天皇の87年】お帰りなさい、我らが皇太子よ- 摂政就任の機は熟した

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 裕仁皇太子が摂政となる、機は熟したのだ--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) 記録によればこのとき、米軍墓地の墓守は裕仁皇太子の突然の訪問に感激し、「米国の知己と遺族の主なるものに、日本の皇太子殿下が御墓参りになったことを告げましょう」と語ったという

(※2) 東宮武官長として外遊に供奉した奈良武次は回顧録の中で、「理性に富ませらるゝ殿下は皇室の祖先が真に神であり、現在の天皇が現人神であるとは信ぜられざる如く、国体は国体として現状を維持すべきも、天皇が神として国民と全く遊離し居るは過ぎたることゝ考へ居らるゝが如く、皇室は英国の皇室の程度にて、国家国民との関係は君臨すれども統治せずと云ふ程度を可とすとの御感想を洩らさるゝを拝したることあり」と書き残している

【参考・引用文献】

○宮内庁編「昭和天皇実録」8巻

○波多野勝著「大正一〇年皇太子訪欧-その決定へのプロセスと成果」(慶応大法学部法学研究会「法学研究」66巻7号所収)

○波多野勝著「裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記」(草思社)

○二荒芳徳、沢田節蔵著「皇太子殿下御外遊記」(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社)

○大正10年9月4日の東京朝日新聞、読売新聞

○奈良武次記「侍従武官長奈良武次日記・回顧録 4巻」(柏書房)

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