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【高論卓説】日米から学んだ中国の競争力 皮肉にも科学交流は貿易戦争の要因

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東方経済フォーラム全体会合で発言する中国の習近平国家主席=9月12日、ロシア・ウラジオストク(古厩正樹撮影)
東方経済フォーラム全体会合で発言する中国の習近平国家主席=9月12日、ロシア・ウラジオストク(古厩正樹撮影)

 「紙・印刷・火薬・羅針盤」は古代中国の四大発明として有名であるが、現代中国の「新四大発明」は「高速鉄道・モバイル決済・シェア自転車・ネット通販」とのことだ。

 中国の新四大発明の一つである「高速鉄道」が発明される以前の昭和53年10月に、日本の新幹線に乗って東京から関西に移動したのがトウ小平氏である。トウ氏が新幹線に乗った感想を聞かれて、「速い。追いかけられて走っている気がする」と答えたのは有名な話である。

 今年はちょうど日中平和友好条約締結40周年にあたる。トウ氏は53年10月23日の平和条約の批准書交換式典への出席に合わせて来日し、新幹線に乗った。トウ氏は来日の目的を三つ挙げている。「批准書交換」「日中関係改善に貢献した日本の友人に感謝の意を表明」「徐福のように不老不死の”秘薬”を探す」の三つで、秘薬とは中国が近代化を達成するための秘薬を意味し、先進技術と経営管理を日本から学びたいとしていた。

 「改革開放」の骨格が決まった11月の党中央工作会議の前にトウ氏は来日しており、日本での体験が大いに参考になったはずだ。中国は12月の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議で市場原理の導入にかじを切り、工業、農業、国防、科学技術の四つの近代化を進めることになる。

 また、日本から技術や経営管理だけでなく、政府開発援助(ODA)も引き出した。54年に日本の対中ODAがスタートし、円借款は累計で3兆円を超え、中国が2010年に国民総生産(GDP)で日本を抜いて、世界第二位の経済大国に上り詰める原動力の一つとなった。

 一方、科学技術の分野において、トウ氏は米国の協力を引き出すことにも成功している。1978年7月に米国のカーター政権は、中国に科学者の代表団を派遣し、中国との本格的な学術交流を行った。中国政府はそれまで亡命を恐れて、科学者の米国への渡航を制限・管理してきたが、トウ氏は科学分野専攻の中国人学生700人の即時留学受け入れと、数年のうちに数万人を米国に留学させたいという大胆な目標の申し入れを行い、それを実現している。

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