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【正論11月号】対談 櫻井よしこ・横田早紀江 闘いと祈りのなかで めぐみさん拉致から42年 「拉致」私達は取り戻せるか! 「言論テレビ」6周年の集い

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「言論テレビ6周年感謝の集い」で櫻井よしこ氏(左)と対談する横田早紀江さん=9月16日、東京都千代田区(宮川浩和撮影)
「言論テレビ6周年感謝の集い」で櫻井よしこ氏(左)と対談する横田早紀江さん=9月16日、東京都千代田区(宮川浩和撮影)

※この記事は、月刊「正論11月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。

 櫻井 愛する子供が突然いなくなったら、親や家族はどう思うでしょうか。今日はそうした思いを聞くことで拉致問題への理解を深め、解決の力としたい。お嬢さんの横田めぐみさんが13歳で突然いなくなって41年、11月には42年になりますね。本当にひどい話です。

 横田 めぐみはおちゃめな子でした。写真を撮るときはちゃんと収まってというのが、主人(※夫の横田滋さん)の気持ちなんですが、わざと目を真ん中に寄せたりして喜ばせるところがありました。それから動物とか植物とか自然が大好きな子供でした。

 櫻井 これは(新潟市立)寄居中学校の前で撮った写真ですね。

 横田 この日は本当にいいお天気で、日曜日でしたか。おたふく風邪になったので入学式に行けなかったんですね。湿疹ができて真っ赤になってまだ痕が残っていましたが、こんなきれいな桜が咲いているのは今日しかないからと、「いやだな、いやだな」というのを無理に連れ出したんです。だから非常に不服な顔しています。赤いスポーツバッグとラケットを持った、このまんまの姿でいなくなった。靴もみな同じですね。

 櫻井 この制服を着たままいなくなった。おたふく風邪の名残りもあって、めぐみちゃんが嫌だと言っていたけど、この制服が手掛かりになるようにと公開したのですね。

 横田 最後の写真ですから、これが一番わかるということで出しました。海辺の写真は、広島から新潟に転勤し、初めて海が近くにあると喜んで、すぐに見に行こうと行った時のものですね。海岸まで3分くらいだったんです。不思議な感じです。この海を連れ去られたんですね。

 櫻井 新潟の海からめぐみさんが連れ去られたのが1977年11月15日。この日は朝ごはんもしっかり食べて。

 横田 いつものようにしっかり食べて、ミルクも必ず飲みなさいと。本当に元気に出かけたのです。近くのお友達が毎朝誘ってくださる。「来た、来た」と言って「行ってきます」と飛んでいったのが最後です。

 櫻井 「行ってきます」の一言。41年前のその日、めぐみさんはいつまでたっても帰らない。11月の季節、新潟は5時になると暗くなりますね。

 横田 暗くなりますね。めぐみはバドミントンの強化選手に選ばれ、新人戦が前の前の日にあって、前の日には反省会があった。前の日も遅かったんです。でもその日はいくら待っても帰ってこない。おかしいねと二人(※めぐみさんの弟)をおいて鍵をかけて飛び出したのです。学校まで走っていきました。でも、もういなかったです。生まれて初めて戦慄というか、寒くなりました。ものすごく不安でした。

 櫻井 元気だったお嬢さんがいなくなった。その時の想いは想像がつきません。

 横田 芯がすぽんと抜けた感じですね。悲しいか苦しいか怖いかわからない。泣きながら自転車に乗って海岸を何度も遠いところまでいき手掛かりはないかと探しました。

 櫻井 若い女性の自殺、他殺体があがったと聞いて、見に行ったこともあったのだとか。

 横田 ご遺体は見たことはありませんでしたが、1年に1回、8月に警察で行方不明になった無縁仏の写真が置いてあるんですね。その中にいるか毎年見にきてくださいと言われて、行きました。怖くて怖くて、「お父さん(※滋さんのこと)、やめましょうよ」と言いましたが、「見なくてはだめだ。僕が怖いほうを見るから荷物だけ見なさい」と。しばらくそういうのが続きました。

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