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【昭和天皇の87年】即位の礼と立太子の礼…相次ぐ皇室慶事 列島は歓喜につつまれた

画=豊嶋哲志
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宮中某重大事件(1)

 大正4年の秋、紅葉の色鮮やかな京都御所で、国家を挙げての壮大な祭典が行われようとしていた。

 大正天皇、即位の礼である。

 皇位の継承を広く内外に示す即位の礼は、数ある皇室儀礼の中でも最高の儀礼とされる。いわゆる対華21カ条要求(※1)でぐらついた日本の国際的評価を回復する上でも、この祭典の意義は大きかった。

 だが、挙行にあたり宮中では、ある議論が起こる。裕仁皇太子を参列させるかどうかだ。

 明治天皇の時代から、未成年皇族は公の儀式への参列を控えることが慣例化していた。このため宮内省内では当初、「参列には及ばない」との意見が多かったが、東宮侍従や東宮御学問所教授から、参列を求める声が上がったのだ。

 中でも強硬に参列を主張したのが、裕仁皇太子に帝王学を教える杉浦重剛である。

 杉浦は言った。

 「父君陛下の御即位式に御長男の皇太子殿下が御参列といふことは我国古来の家族的慣習からみても当然なことである」

 杉浦は、裕仁皇太子に帝王とは何かを肌で感じてもらうためにも、またとない機会と思ったのだろう。門下生らに指示して歴代即位式の実例などを調べ上げ、断じて参列いただくべきと、宮中関係者を説いて回った。

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