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【昭和天皇の87年】東郷平八郎の教えと「王者の答案」

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 別の日、白鳥はみんなに聞いた。

 「白色人種と黄色人種の区別は何ですか」

 ほかの学友が答えられないでいると、裕仁皇太子が言った。

 「黄色人種も白色人種も何ら区別はない。ヨーロッパに行って白色人種となり、東洋に来て黄色人種となっただけです。そして白色人種は早くに文明を吸収し、今日に至っています」

 いずれも、まだ授業で教えていない範囲だ。白鳥は、これぞ「王者の答案」と感嘆したという。

 だが、歴史の歯車は、「王者の答案」とは反対方向に回り出していく。

 1914(大正3)年の夏、第一次世界大戦が勃発-。このとき、日本が中国に対してとった行動が、中国はもちろんアメリカなどの対日不信を招き、先の大戦につながる禍根を残すことになる--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)大迫寅彦はのちに養子入りし、永積姓となった

(※2)仲哀天皇の后、神功皇后の主導で朝鮮半島に出兵し、新羅、百済、高句麗の3国を服属させたとされる戦争。時期や支配領域などついては諸説ある

【参考・引用文献】

○宮内庁編『昭和天皇実録』4巻

○小笠原長生編著『東郷元帥詳伝』(忠誠堂)

○甘露寺受長著『背広の天皇』(東西文明社)

○永積寅彦著『昭和天皇と私』(神道文化会)

○田中光顕監修『聖上御盛徳録』(長野新聞)

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