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【昭和天皇の87年】衝撃の伊藤博文暗殺 その凶弾は、日本を対韓強攻策に走らせた

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 明治42年10月26日午前9時、ロシアが満州で運営する東清鉄道ハルビン駅に、5両編成の特別列車が到着した。ロシア軍楽隊が歓迎の演奏をし、守備隊兵が一斉に敬礼する中、白髯の老人がホームに降り立つ。4カ月前に韓国統監を辞任した、伊藤博文その人である。

 同駅で丁重に出迎えたのは、ロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフだ。2人はここで、朝鮮・満州問題について意見交換する予定だった。

 伊藤はココツェフに導かれてロシア守備隊を閲兵し、各国領事団と握手を交した。そして、歓迎のため集まっていたハルビン在住の日本人の方へ歩み寄ったとき、その中から一人の男が躍り出た。

 男の名は安重根。上着の内ポケットからブローニング拳銃を引き抜き、伊藤に向けて3発撃った。安は、ハルビン駐在総領事の川上俊彦らにも銃弾を浴びせ、ロシア守備隊兵に組み伏せられるや、ロシア語で「コレア、ウラー」(韓国万歳)と叫んだ。

 伊藤は特別列車内に担ぎ込まれ、随行医師らの手当てを受けたが、胸と腹を撃たれ、手の施しようがなかった。加害者が韓国人だと知らされた伊藤は、薄れゆく意識の中で、ただ一言、つぶやいたという。

 「馬鹿な奴じゃ」

 このとき伊藤は、これからの韓国がどうなるか、見えていたのかもしれない。

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