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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】〈33〉人には向き不向きがある

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政治家に必要な3つの資質

 いまさら紹介するまでもないことだろうが、ウェーバーは本書において、政治家に求められる資質を3つ挙げている。「情熱」「責任感」「目測能力」である。「情熱」についてウェーバーは「責任感」を伴うものでなければならないという。「目測能力」とは、冷静にモノと人との距離をはかる能力のことである。つまり、責任感の伴った熱い情熱とクールな目測能力をひとつの魂のなかにまとめ上げることのできない者は、政治家として不適格というわけだ。もっともな指摘だ。政治家は革命家とは根本的に違うのである。

 40年ぶりの再読で、もっとも心に突き刺さったのは、「暴力の宗教社会学」という小見出しが付けられた部分にある次の一節だ。

 《善からは善だけが、悪からは悪だけが出てくるというのは、政治に関わる者の行為にとって真実ではなく、むしろしばしばその反対が真実だということ。……こんなこともわからない人は、政治的にはお子さまにすぎません》

 ウェーバーはキリスト教的平和主義・反戦論者であるフリードリヒ・フェルスターの名を挙げて、《その信条の純粋さから個人的に彼のことを尊敬していますが、もちろん政治家としては無条件にだめです》と切って捨てる。リアリストのモンテーニュが第3巻第1章「実利と誠実について」に記した《公益のためには、裏切ることも嘘をつくことも、また人殺しも、必要である》という言葉とウェーバーの言葉は時空を超えて響き合う。私自身は、ウェーバーの考えに共感しながらも、フェルスターのような人間も、わが国の参院には必要なのではないか、とも思う。

石破茂さんの新著を読む

 ウェーバーを読み終え、《この国には、解決策が必要だ。「次期総理候補No.1」からの直言!》との言葉が帯に躍る石破茂さんの『政策至上主義』(新潮新書)を手に取った。

 先入観を排してつとめてフラットに読んだ。というのも、石破さんのこれまでの言動から、「総理の器ではない」との印象を持っていたからだ。たとえば5日放送の読売テレビの番組において、自民党総裁選で安倍晋三首相を応援しなかったら「冷や飯」というのはおかしい、と石破さんは主張していた。これが権力闘争を仕掛けようとする政治家の言葉か。安倍さんの首を取ろうとしながら、もし失敗したらラグビーの「ノーサイド」の精神でお願いしたいと言っているのだから。甘すぎるだろう。

 また石破さんが政策通を自任し、同書のタイトルにまで使っているのもどうかと感じていた。政治家が政策に通じるのはすばらしいことだが、多忙な身でどんなに勉強しようと、その道の専門家である官僚にかなうはずもない。政治家に必要なのはゆるがぬ政治理念である。それを実現するための政策は、官僚の知恵を借りながら練ってゆけばいいのだ。

 そもそも政策通を自任する政治家には「オタク」の傾向が感じられる。石破さんもそうだ。こういう方は、専門分野を深く掘り下げる仕事でこそ本領を発揮できるのではないか。

 『政策至上主義』を読み終えて、当初の印象は覆るどころか確信となってしまった。本書で石破さんが伝えようとしているのは、自分がいかに誠実な政治家であるかということ、それに尽きる。それが事実だとしても、否、それが事実なら、総理の座を狙うより、参院にくら替えして直言居士となるか、地方創生担当相として地方行脚をしながら国民とじっくり意見を交わし、地方創生の現実的なアイデアを生み出し実現することに政治生命をかけた方がよい。その方が国に貢献できるはずだ。

 モンテーニュは先に紹介した言葉の直後にこう記している。《だがこういうお役目は、我々よりも従順で融通のきく人たちの方にお願いしよう》。人には向き不向きがある。

※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)によった。=隔週掲載(文化部 桑原聡)

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