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「1人で歴史変えた」日系女性 米の強制収容めぐり勝訴導く資料発見 7月死去のアイコ・ハージッグ・ヨシナガさん

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 優れた調査能力から連邦議会の「戦時市民転住収容に関する委員会(CWRIC)」に雇用され、「(強制収容の原因は)人種的偏見、戦時中の集団ヒステリー、政治指導者の失策」とする報告書の作成にも貢献。日系米国人への謝罪と補償金支払いを盛り込み、レーガン政権下の88年に成立した「市民の自由法」へとつながった。

 「ヨシナガさんの偉大なところは、たった一人で歴史を変えられることを証明したことだ」

 先の大戦中の日系人部隊の活躍を伝える「ゴー・フォー・ブローク全米教育センター」のミッチ・マキ館長(57)はこう語りつつ、ヨシナガさんの功績が米国社会全体に与えた影響を指摘する。

 「米国は謝罪によって国としての強さや、法の下での正義、平等について責任を示すことになった。これは日系人だけでなく米国人全体にとって非常に大きなことなのだ」

 ■日系人の強制収容 旧日本軍が米ハワイ・真珠湾を攻撃した翌年の1942年、日系米国人は「敵性外国人」とされ、全米日系人博物館によると、西海岸から約12万人が10カ所の収容所に送られた。70年代後半から「リドレス(国家賠償請求)運動」が活発化。強制収容した日系人に対する米政府の謝罪、賠償金支払いを定めた「市民の自由法」は88年8月10日、当時のレーガン大統領が「不当な人種差別だった」として署名、成立した。

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