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【野口裕之の軍事情勢】国史の「整形」を重ね飾り付けた憲法に耽る韓国 度を超す自己主張を嫌った米国

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【野口裕之の軍事情勢】
国史の「整形」を重ね飾り付けた憲法に耽る韓国 度を超す自己主張を嫌った米国

8月15日、日本による統治からの解放の「光復節」式典で国旗を振る韓国の文在寅大統領(手前右から2人目)=ソウル(聯合=共同) 8月15日、日本による統治からの解放の「光復節」式典で国旗を振る韓国の文在寅大統領(手前右から2人目)=ソウル(聯合=共同)

 例えば韓国憲法には、国際法上合法だった韓国が日本となった《日韓併合/1910~45年》は存在せず、代わりに併合期の《3・1運動/19年3月1日》を起点とする建国物語が記される。憲法前文にはこうある。

 《大韓国民は3・1運動で建立された大韓民国(韓国)臨時政府の法統…を継承》

 朝鮮人が日韓併合期の3・1運動に際し独立宣言した点は史実。ただ、憲法が宣言を捉え、建国をうたうのは無理スジだ。このシナリオだと、韓国は大韓帝國の正統後継国家で、日韓併合は歴史上存在しなくなる。《大韓帝國→大日本帝國→米国軍政→韓国》との正史ではなく《大韓帝國→日本の植民地→韓国臨時政府→韓国》との虚構だ。

 3・1運動は参加者は多いが、逮捕→服役者は少なく量刑も軽かった。2カ月で収束し、長期・大規模戦争を思い描くのは誤り。筆者は3・1を反日暴動、韓国は「独立運動」と認識するが、何よりも初代大統領・李承晩(1875~1965年)が戦後の48年に行った独立宣言の正統性まで問われ、運動に建国の起点を見い出すのは難しい。もっとも、韓国憲法も追い風に、冒頭で論じたが、文大統領は不可能を“可能”にした。

 確かに3・1運動後の19年4月11日、韓国臨時政府は中華民国・上海で結成され、各地を転々とした。しかし、適性を疑われ連合・枢軸国双方が国際承認を拒んだ。現に「韓国臨時政府主席」の金九(1876~1949年)は戦後、個人資格で“帰国”。自伝で憂いた。

 《心配だったのは(大東亜)戦争で何の役割も果たしていないため、将来の国際関係において、発言権が弱くなること》

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