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【昭和天皇の87年】つかの間の家族団らん 「軍歌も唱歌もうたわれた」

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(※1)(※3)=手紙はいずれも宮内庁編『昭和天皇実録』3巻から引用。文中の「だんだん」「たびたび」などの原文は繰り返し符号の踊り字。淳宮は雍仁親王(のちの秩父宮)、光宮は宣仁親王(のちの高松宮)

(※2)当時の節子妃が深い悩みを抱えていたことは、結婚10年目を迎えた明治43年に詠んだ、こんな和歌にもあらわれている。

 いかにせむ あゝいかにせむ くるしさの やるせだになき わが思ひ川

 はてもなく 千ゞに思ひのみだれては わが身の程も 忘れつるかな

 こしかたは たヾ夢にして 行末の 空ながむれば まづなみだなり

【参考・引用文献】

○宮内庁編「昭和天皇実録」3巻

○同「貞明皇后御歌集〈上〉」

○同「貞明皇后実録稿本17」所収の「佐々木高行日記」

○鈴木昌鑑監修「秩父宮雍仁親王」(秩父宮を偲(しの)ぶ会)

○小田部雄次著「昭憲皇太后・貞明皇后 一筋に誠をもちて仕へなば」(ミネルヴァ書房)

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