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【昭和天皇の87年】つかの間の家族団らん 「軍歌も唱歌もうたわれた」

画=豊嶋哲志
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質実剛健(4)

 --だんだんお暖になりまして、東京は桜もちつて今は若葉の美しいころとなりました。

 御ばば様おかはりはあらせられませんか、おうかがひ申上げます。沼津ではたびたびうかがひまして、種々な物をいただきましてありがたうございます。

 又、度々おなりをねがひましておそれ入りました。

 東京では淳宮(あつのみや)も光宮(てるのみや)もわたくしもぢやうぶで居りますから御安心あそばせ。休みの間はしんじゆくや、どう物園などへまゐりました。

 学校は今日からはじまりまして、光宮も学習院にまゐりました。

 御ばば様おからだをおだいじにあそばせ。光宮からもよろしく申上げます。

  (明治44年)四月十二日   裕仁

  御ばば様--(※1)

 学習院初等学科の4年生になった裕仁親王が、静岡県沼津に滞在中の皇后(昭憲皇太后)に宛てた手紙だ。もうすぐ10歳。その文面からは、祖母をいたわる深い愛情がうかがえる。

 明治天皇の后であり、女子教育の普及や慈善事業の推進などに多大な功績を残した昭憲皇太后は、3人の皇孫をことのほか可愛がった。裕仁親王らが沼津の御用邸西附属邸で避寒中は、自身も本邸に滞在し、《種々談話され》たことが、昭和天皇実録に書かれている。

 そんな優しい“御ばば様”とも、新学期が始まればしばらく会えない。その寂しさを、手紙に込めたのだろうか。

× × ×

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