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【昭和天皇の87年】観察力と記憶力は抜群 “科学者天皇”の片鱗も

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 同文書では、この頃の裕仁親王の長所として、観察力と記憶力が優れていること、動物や昆虫の採集、分類、標本づくりなどの才能が際立っていること、人を思いやる心があることなどを挙げている。その半面、たまに規則を自分の都合のよいように解釈することや、授業で発表するときの発音(とくに濁音や促音など)に問題があることを指摘する(※1)。

 担当教員らの回想によると、学業では算術が良くでき、次いで理科、地理、歴史などが得意科目だった。一方、不器用なところがあり、図画や手工、体育は不得意だったという。

 気になるのは、やや神経質ともいえるほど潔癖な面が、年少期からみられたことだ。机上など「常ニ整然トシテ一糸乱レズ 弟宮方ノ御机上トハ格段ノ御違ヒ」であり、雑誌なども号を順番にそろえて整理しておく性格だった。

 学友の松平直国は、「ゲームの時にはよく曖昧なことを我々がやることに対して、相当な抗議をなされました」と述懐する。

 こうした性格は、のちに大きな長所にもなれば、短所にもなりかねないおそれがあった(※2)。

× × ×

 ところでこの頃の昭和天皇実録にも、裕仁親王の成人後の性格や言動につながるエピソードが幾つか盛り込まれている。

 明治43年夏、9歳の裕仁親王は、海で小魚を捕まえたり、山で虫取りしたりするのが何より好きな少年だった。

 8月1日《(神奈川県葉山の御用邸に滞在中)海岸ではしばしば魚介類や藻類を御採集になり、また御用邸近傍の地においては捕虫網にて蝶などの虫捕りを行われることが多く、捕獲された昆虫類は標本箱にて御整理になる》(3巻46頁)

 8月3日《午前、子爵松平乗承(のりつぐ)参邸につき謁を賜い、妹尾秀美ほか著『日本有用魚介藻類図説』の献上をお受けになる。(中略)同書はその後もお手許に留め置かれ、御愛読になる》(同頁)

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