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【昭和天皇の87年】学習院の空気一変! 新院長、乃木希典の超厳格教育

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(※1)学習院の源流は幕末の弘化4(1847)年、京都御所の東側に設置された公家のための学問所で、孝明天皇が「学習院」の額を下賜した。維新後の明治10年、東京・神田錦町に華族の学校が創立された際、明治天皇は京都時代の名称を継承するよう勅諭し、「学習院」の名がついた。なお、神田錦町の校舎は明治19年の火災で焼失したため、23年に四谷に移転。中・高等学科は41年に高田村(現豊島区目白)に移転し、全寮制となった(初等学科と女学部はそのまま)。先の大戦後は宮内省から独立。私立学習院として現在に至っている。

(※2)御製の意味は、「勲功(いさを)のある人物を教育(をしえ=教え)の長として、皇国の子供たち(やまとなでしこ)を養い育てよう(おほしたてなむ=生し立てなむ)」

(※3)裕仁親王は2学年から東組所属で、遊戯がなくなって体操、綴方、書方の授業も行われた。4学年から地理が、5学年から歴史、理科、修身が追加された。

【参考・引用文献】

○宮内庁編集「昭和天皇実録」2巻

○学習院発行「学習院百年史 第一編」

○学習院輔仁会編「乃木院長記念録」(三光堂)

○永積寅彦著「昭和天皇と私」(神道文化会)

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