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【日本スプリントの挑戦】躍進を遂げた小池祐貴 火を付けたのは「日本最速の同い年」と「五輪入賞ジャンパー」との邂逅(かいこう)

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 日本歴代7位タイの20秒29

 臼井に師事して練習はどう変わったのか? この質問に答える小池の表情は自然と引き締まる。

 「ひたすら走り込みとウエート。内容は特別なことじゃないです。誰もがやっていることをしっかりやる。量が多くなりましたね。人の倍くらいやっているかな。量は変わったけど、学生の頃のようなむちゃくちゃな練習はしなくなった。その代わり、きつい練習を毎日にならして、やっている感じですね。倒れないし、けがもしない。けど、毎日つらい」

 そのうえで、小池と臼井が重視しているのが「感覚」だ。臼井は「どういう状態なのかは、その選手自身にしか分からない」と言い、小池はこう解説する。

 「メニューを考えてもらえるので、そのメニューを行うことだけに集中している。練習量をこなす中で感覚を鍛える。臼井さんのメニューは余計なことをすると、こなせない量と質なんですよ。設定のタイムを守りつつ、省エネで。ポイントを押さえた走りになる」

 基礎的な筋力や体力といった土台が徐々に上がり、かつ体のバランスも良くなった。同時に技術も洗練されていった。

 大学4年の17年日本学生対校200mで優勝。変貌の兆しが見え始めた18年シーズン開幕前、臼井は小池に、こう言った。

 「100mは10秒2台、200mは20秒2台が出るよ」

 果たして、4月の織田記念国際SEIKOチャレンジ100mで、いきなり10秒20(追い風1・4m)と4年ぶりに自己記録を更新。続く6月の日本選手権100mは山県、ケンブリッジ、桐生に次ぐ4位に食い込んだ。勝負に持ち込めるはずだという自信は緊張を生み、連日2時間ほどしか眠れず、走る前には体が震えたという。タイムは10秒17(追い風0・6m)と、またも自己記録。あの桐生に100分の1秒差と迫るレースだった。

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