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【日本スプリントの挑戦】躍進を遂げた小池祐貴 火を付けたのは「日本最速の同い年」と「五輪入賞ジャンパー」との邂逅(かいこう)

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 チームスポーツは自分がどれだけ努力して上達しても勝てないことがある。「陸上競技は数字に出るというのが分かりやすい。良しあしが自分に返ってくる」。親しい友人の誘いもあって、高校では新たな挑戦に踏み出した。

 立命館慶祥高の陸上部には全国大会経験者がいた。いきなり素人が入れば怯みそうなものだ。そこで「この人たちに練習で勝てたら、全国で戦える」と前向きに捉えられるのが彼の強さだった。

 着実に力を付け、その名は北海道から全国へ。だが、栄冠までは最後の“壁”が厚かった。

 高校3年の13年インターハイは100m、200mとも2位。国体100m2位。日本ジュニア選手権200m2位-。

 いずれも優勝したのは同い年の桐生祥秀だった。

 京都・洛南高の桐生は、この年の4月、織田記念国際100mで当時日本歴代2位となる10秒01をマーク。規格外の成長を遂げていた。

 今、小池は苦笑いで振り返る。

 「あの織田記念の時、ちょうど練習が終わって携帯を見たらニュース速報が来て。10秒01って何かの間違いじゃないかと思いましたから」。

 高校記録が前年に桐生が出した10秒19だったのだから、そう思うのも無理はない。

 陸上を続けるか? やめるか?

 ノンフィクション作家、沢木耕太郎の作品に『三人の三塁手』という短編がある。ミスタープロ野球、長嶋茂雄と同時代に巨人の三塁手だった難波昭二郎と土屋正孝を追った物語だ。

 作品は長嶋の言葉から始まる。

 《勝者が笑うかげには、つねに敗者がいます。栄光のかげに、数知れぬ挫折があります》。

 日の当たる者と、そうでない者。太陽が強く輝けば輝くほど、その光が作り出す影は濃い。

 大学への進学にあたり、小池は迷っていた。

 「陸上をやめるか、続けるか」

 日本ジュニア選手権100mこそ優勝を飾ったが、このレースは桐生が欠場していた。もう一度、陸上に本気になれる環境を選ぶか、それとも北大を一般受験するか…。

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