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【映画深層】レバノン出身の監督が描いた祖国のいま 「判決、ふたつの希望」

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圧力に屈せず

 ベイルートの生まれで、10代の多感な時期に、宗教対立にパレスチナ・ゲリラが絡んだレバノン内戦が勃発。両親は政治的な活動に身を置いていたが、ジアド少年は映画の道を志した。

 「なぜ映画をやりたかったかは直感的としか言いようがない。あえて言えば、ストーリーを語るのが好きだったからだと思う」

 娘にも2歳のころからオリジナルの物語を語って聞かせているという。10歳になった娘は、もはや父親の話を聞かないと眠れないほどだと笑う。

 しかし、レバノンは映画を学ぶ環境にはなく、19歳で渡米してサンディエゴ州立大学に留学。卒業後はクエンティン・タランティーノ監督の撮影助手として「レザボア・ドッグス」(1991年)や「パルプ・フィクション」(94年)などの作品につく。やがて98年に、レバノンを舞台にした長編映画「西ベイルート」で監督デビューを飾った。

 4作目となる今回の「判決、ふたつの希望」もレバノンで撮影したが、完成してからが大変だった。レバノン人のトニーがパレスチナ移民のヤーセルに放った一言は、歴史を背景にしたデリケートなせりふで、上映を阻止しようというさまざまな政治的な圧力がかかってきたという。

 「中東はいろんな意味で引き裂かれた地域であり、そのことで最も苦しむのが、われわれアーティストだ」

 弱いが、象徴的な立場なので、そうした圧力をかける対象にされやすいのだという。だが、サード・ハリリ首相が上映禁止にすべきではないと明言した。

 「幸運だった。5年前だったらこうはいかなかったかもしれないし、来年になったらどうなるかわからない。状況が違っていたら、アカデミー賞のノミネートもされなかったでしょう」

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