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【昭和天皇の87年】世界が驚嘆した東郷ターン 「決戦は三十分で片が付いた」

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 軍艦は、速度を落として転回しているときが最も狙われやすい。敵の射程距離内で1艦ずつ順次転回するなど、当時の海戦の常識では考えられないことだった。

 連合艦隊もそれまでは、決戦のための艦隊運動は一斉回頭による丁字戦法-と内々に決めていた。しかし、前年8月の黄海海戦で旅順艦隊を危うく取り逃がしそうになった反省から、東郷と参謀らは作戦を改良。一斉ではなく順次回頭し、危険を冒してでも敵に肉薄する戦法に切り替えたのだ。

 一方、三笠が急転回するのをみた敵の司令長官ロジェストウエンスキーは、好機到来と全艦隊に戦闘開始を命令。距離7000メートルで旗艦スウォーロフが第1弾を発し、後続艦も次々に砲撃したが、効果的な命中弾はなく、東郷による大胆な艦隊運動をとめることはできなかった。

 この敵前大回頭、すなわち東郷ターンが決まったことで、勝敗はほぼ決したと言えよう。

 距離6000メートルとなった午後2時10分、ついに東郷は砲撃を命じる。まず三笠の12インチ砲が放たれ、転回を終えた連合艦隊の後続艦も砲撃を開始。敵の進路を圧迫しつつ先頭の旗艦スウォーロフと戦艦オスラービャを猛射した。

 スウォーロフ乗組の海軍中佐セメヨノフが書く。

 「我等の頭上に特別の雷鳴が轟き渡つた。爆発する鉄の鋭い響きが、大きな重い物でも投げる様に聞えた。風切は折られ、燃えた破片は落ちて、見透かすことが出来ない黒い煙が我々の身体を包んだ」「敵は我等を打ち破るため、此の破損した甲鉄艦に優勢な砲火を浴びせた。恐ろしい火と鉄との旋風のため、艦上の装具はどしどし倒れる…」

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