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【昭和天皇の87年】戦艦2隻が相次ぎ沈没 連合艦隊は底なしの悪夢に取りつかれた

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【昭和天皇の87年】
戦艦2隻が相次ぎ沈没 連合艦隊は底なしの悪夢に取りつかれた

画=井田智康 画=井田智康

 東郷は、艦隊決戦で雌雄を決したかったのだろう。しかし、この時の判断が連合艦隊を苦境に陥れ、陸の第3軍にも多大な出血を強いることになる。

 果たして37年2月8日の開戦後、旅順艦隊は要塞に守られた港内に引きこもり、連合艦隊の各艦が近くを航行して誘い出そうとしても乗らなかった。

 ここでようやく東郷は閉塞作戦を決断する。だが、すでにロシア側は防備を万全にしていた。

 2月19日夜、東郷は閉塞作戦の決死隊幹部らを旗艦三笠に招いて杯を上げ、「このたびはご苦労である。十分成功を望む」と短くあいさつした。

 いかに寡黙な東郷でも、決死隊への激励としては素っ気ない。この時の東郷は、自らの決断の遅れを悔いていたのではないか。

 2月から5月にかけ、3次にわたり敢行された閉塞作戦は、陸上からの集中砲火に阻まれて目的を果たせなかった。

 第2次作戦の失敗後、東郷は日記に書いた。

 「三月二十七日 曇 少シク雪降 (中略)閉塞隊ハ四隻皆港口ニ侵入。自ラ爆発セリ。戦死者広瀬少佐、杉野上等兵曹、小池兵曹外九名」(※2)

 悲劇は、これで終わらなかった。

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