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【昭和天皇の87年】「撃沈します」! 日清戦争でみせた東郷平八郎の決断力

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【昭和天皇の87年】
「撃沈します」! 日清戦争でみせた東郷平八郎の決断力

画=井田智康 画=井田智康

 1893(明治26)年に米国人農場主らがハワイ王朝を転覆させたクーデター事件で、日本政府は邦人保護を理由に東郷率いる浪速など軍艦2隻を派遣した。このとき東郷は、ハワイの監獄を脱獄して同艦に泳ぎ着いた邦人青年を保護、クーデター政府の再三の引き渡し要求を断固拒否する。軍艦内が治外法権であり、邦人保護の正当な権利があることを、熟知していたからだ。

 これに慌てたのは日本の外務省だった。米国との関係悪化を恐れるあまり、海軍を通じて東郷に引き渡しを指示。やがて日本の領事館員が邦人青年を引き取るべく、艦長室を訪れた。

 東郷は言った。

 「犯罪人であれ同じ日本人ではないか。その同胞が救助を求めてきたのを、おめおめ引き渡すのは心外だ。自分は彼を(クーデター政府の)獄吏に引き渡すのではない。(日本人である)あなたたちに引き渡すのである」

 この言葉の中に、東郷の気骨のほどがうかがえよう。

 翌年の夏、日清戦争が勃発。ここでも東郷は開戦早々、国際法をたてに果断な将器をみせる。

× × ×

 明治27年7月25日、朝鮮半島中部西側の豊島沖で、日本海軍連合艦隊の軍艦3隻が清国海軍北洋艦隊の軍艦2隻と遭遇。宣戦布告を待たずに砲撃戦が交わされた結果、北洋艦隊の1隻が白旗を掲げながら逃走、残りの1隻は浅瀬に乗り上げて座礁、自沈した。

 この海戦の最中、清国兵を満載したイギリス商船が近づいてきた。日本としては厄介な事態だ。清国兵を通すわけにはいかないが、うかつに対応すれば世界最強の海軍国、大英帝国を敵に回しかねない。

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