産経ニュース

【昭和天皇の87年】遂にロシア軍司令官が降服 世界が称賛した乃木希典の武士道精神

ニュース プレミアム

記事詳細

更新

【昭和天皇の87年】
遂にロシア軍司令官が降服 世界が称賛した乃木希典の武士道精神

画=井田智康 画=井田智康

 37年7月26日の進撃開始から5カ月余り、乃木の旅順攻略に延べ約13万人もの兵力が割かれ、死傷者は6万人近くに達した。参謀次長の長岡外史は回顧録の中で、乃木の作戦を「同一の方法で同一の堅塁を無理押しに攻め立てた」と批判し、「第三軍参謀部の能力、如何(いかに)ひいき目に視るも感服は出来ぬ」と突き放している。

 余談だが、第3軍の作戦指導に批判的で、のちの歴史研究者らに影響を与えた戦前の陸大テキスト「機密日露戦史」(※1)は、長岡の回顧録など乃木と対立した軍関係者の証言に依拠するところが多い。戦後に乃木を凡将とする評価が広まり、現在も根強いのは、このテキストが一因だろう。

 一方、海外の識者らは、近代的な永久要塞を攻略した乃木の力量を高く評価した。

 ロシア革命の指導者レーニンも、乃木の戦術に多くを学んだ一人だ。乃木が第1回総攻撃後に戦術転換したことを絶賛し、革命後の政策転換も乃木に見習えと檄を飛ばした。

 「もし戦術に誤りがあるとすれば、その誤りを取りのぞかなければならない。(中略)われわれの知っているように、(乃木が第1回総攻撃後にとった)新しい作戦は、予想以上にはるかに長い期間を要しはしたが、完全な勝利におわったのである」(1921年の第7回モスクワ県党会議におけるレーニン演説)

× × ×

続きを読む

「ニュース」のランキング