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【昭和天皇の87年】壮絶!二〇三高地争奪戦 山頂は両軍将兵の鮮血で染まった 

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(※1)二○三高地をめぐる争奪戦の後半、乃木から指揮権を委ねられた児玉は、重砲の一部配置転換を命じたが、それは第3軍参謀の作戦案に基づくものだったとされる

(※2)日記に書かれた漢詩は「爾霊山険豈難攀 男子功名期克艱 鉄血覆山々形改 萬人斉仰爾霊山」(原文は旧漢字)。意味は「二〇三高地が険しくても、どうして攻め登れないことがあろうか。男子が功名を立てる時、困難に打ち勝つことを決意している。山は武器の鉄と兵士の血に覆われ、形が変わってしまった。あなたたちの霊が眠る山、二〇三高地を万人は永遠に仰ぎ見るだろう」

【参考・引用文献】

○参謀本部編『明治卅七八年日露戦史』(偕行社)

○和田政雄編『乃木希典日記』(金園社)

○長南政義編『日露戦争第三軍関係史料集』(国書刊行会)

○日本国誠流詩吟会編『吟詠詩集-絶句編』

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