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【昭和天皇の87年】流血無残な第1回総攻撃 戦場は日本兵の死体で埋め尽くされた

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 24日午後4時、ついに乃木は攻撃中止の軍命令を下す。一連の攻撃で得たのは盤竜山の東西両堡塁2つのみ。砲声の止んだ要塞周辺は、日本兵の死体で埋め尽くされた。

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 第1回総攻撃の死傷者は日本側が1万5860人、ロシア側が約1500人。それまでの日本軍の戦闘史上、最悪の損害である。驚愕(きょうがく)した陸軍中央は、失敗の原因は全て乃木第3軍の無能にあると決めつけた。

 だが、そもそも旅順要塞を軽視していたのは陸軍中央だ。第3軍編成時にほとんど敵情を把握できず、第3軍が砲1門あたり800発の砲弾を要求したのに400発しか与えなかった。陸軍中央の乃木無能論は責任転嫁にほかならない。

 とはいえ、空前の戦死傷者を出しながら攻略に失敗した乃木の責任も大きい。

 要塞陥落を今や遅しと待ち望んでいた国内世論は深く失望し、のちには乃木の留守宅に投石する者や、門前で「切腹するがよい」と叫ぶ者まで現れた。

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 一方、第3軍そのものは乃木の統率力のもと、固く結束していたようだ。

 9月6日、乃木は隷下の各師団長、各団体長を集めて会議を開いた。第3軍参謀の井上幾太郎はこの時、各師団長から多少の不平も出るだろうと懸念していたが、乃木を詰(なじ)るような発言は一切なかったという。

 井上は日記に書く。

 「各師団長とも乃木大将の人格に服せるにや、更(さら)に不平の色あるものを見ず、皆喜んで軍司令官の意図を向へ、進んで其(その)責任を果たさんとする色見へたり」

 乃木の将器のほどがうかがえよう。

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