PR

ニュース プレミアム

【中国観察】香港「雨傘運動」はなぜ起きて、何を残したのか? 指導者の一人が語った「一国二制度の矛盾」

Messenger

 香港の今後については、「中国本土と切り離して考えることはできない。両者の運命は深くつながっている」とした上で次のように指摘する。

 「中国政府に十分な自信と知恵があり、かつ香港に対する信頼を持つことができれば、香港を政治的な実験場、政治特区にすることができるだろう。香港で民主主義を実践し、将来的に中国全体で民主化する際の参考にするという選択肢だ」

 だが、現実問題として「香港は政治面ではむしろ中国政府の弾圧を受けている」。加えて「香港の民主化を許さないだけではなく、中国国内における民主化の道筋が見えなくなっている」との危惧もあるという。

 「少なくとも雨傘運動は中国の民主化に対して一つのモデルとなり、多くの示唆を与えられることができる。天安門事件以降、沈黙していた中国人の中で、香港の100万人超の人々が『われわれは民主主義がほしい』と声を上げたことは重要な契機になる。将来の中国の民主化プロセスにも大きな影響を残すだろう」。周保松氏は雨傘運動が残した意義をこう強調し、講演を締めくくった。

 雨傘運動 2017年3月の香港行政長官選から民主派の候補者を事実上、排除する制度を中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会が14年8月31日、一方的に決めたことに反発した若者を中心とした香港市民らが、同年9~12月に起こした大規模な街頭占拠デモ。香港警察がデモ隊に向けた催涙スプレーから身を守るため、学生らが使ったカサが象徴となって雨傘運動と呼ばれた。デモ隊はテントを張って幹線道路を占拠。「候補者に制限を設けない1人1票の真の普通選挙」を求めて抗議したが、同年12月11日までに強制排除された。

 一国二制度 1997年に香港の主権が英国から中国に返還された際に導入された制度。1つの国の下に置かれたが、外交と国防を除く「高度な自治」と資本主義制度の維持が返還後50年間、「特別行政区」と位置づけられた香港に認められ、共産主義と2つの制度が併存している

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ