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【昭和天皇の87年】緒戦は圧勝したものの… 乃木を追い詰める国内の楽観ムード

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 乃木が兵を動かしたのは上陸20日後の6月26日。手始めに大連湾を一望できる歪頭(わいとう)山を占領、続いて同山西側の剣山を攻め落とした。対するロシア軍は7月3~5日、剣山を奪回しようと反撃に転じたが、第3軍はこれを撃退、大連港の安全を確保した。

 3~5日の戦闘における死傷者は日本軍205人、ロシア軍636人(※1)。まずまずの滑り出しといえよう。

 7月下旬、第3軍の戦力は倍増する。大連港から第9師団、後備歩兵第1旅団、同第4旅団が次々に上陸し、戦闘序列に入った。

× × ×

 ところでこの頃、乃木が挑む旅順攻略をめぐり、日本国内には能天気なほど楽観的な空気がみなぎっていた。例えば7月29日の都新聞はこう伝える。

 「旅順の陥落は世界列国の一斉に視線を注ぐ所にして、我国民は二人以上相会すれば直ちに旅順の陥落は何の時なるべきかの語を以てし『旅順は何時でせう』の語の宛(あた)かも『お早う』若くは『今日は』の挨拶に継(つい)で発するの常套(じょうとう)語となれり」

 開戦以来、日本陸軍は連戦連勝を重ねていた。5万人超の大兵力を擁する乃木の第3軍が苦戦を強いられるなど、想像できなかったのだろう。

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