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【昭和天皇の87年】1歳3カ月でハイハイ 英国婦人も感嘆した「誇り高き血」

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 身近に接していた養育関係者らが裕仁親王の優しい性格を喜ぶ一方で、外部から訪れた拝謁者らは、将来の天皇としての資質の片鱗を見出していたようだ。

 4~5歳の頃に拝謁したという作家の長與(ながよ)善郎は「御幼少ながら、子供らしい呑気(のんき)さとか、軽佻(けいちょう)な位の朗かさとか、がむしやらさといつたものとは、対蹠(たいしょ)的に縁の遠い、どこかお内気なといふ程の荘重な威が既に具(そな)はつていらつしやる」と書く。

 島津家の家庭教師だった英国人女性、エセル・ハワードも述懐する。

 「(川村家を訪ねて裕仁親王にお辞儀をすると)自発的に自分の小さな手を帽子のところへ持ち上げて大変威厳をもって敬礼をした。たった三歳の幼児に過ぎなかったのに、彼の体の中には誇り高き血が流れているのは誰の目にも明らかであった」

 川村の養育は、順調に実を結んでいたと言えるだろう。

 明治35年6月25日、節子皇太子妃が第2皇子の雍仁(やすひと)親王(のちの秩父宮)を出産すると、その養育も川村に託された。川村自身が、皇孫の養育は兄弟一緒が望ましいと希望したからだ。

 将来の天皇は兄弟愛の面でも国民の模範にならなければと、川村は考えていた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

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