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【大人の遠足】茨城「旧日立鉱山の大煙突」 煙害対策に苦心 社運かけ建設

倒壊し、長さが3分の1ほどになった現在の大煙突=茨城県日立市宮田町(丸山将撮影)影)
倒壊し、長さが3分の1ほどになった現在の大煙突=茨城県日立市宮田町(丸山将撮影)影)
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 茨城県日立市の旧日立鉱山(現JX金属グループ)は明治38(1905)年の開業以来、閉山まで76年間にわたって日本の鉱工業の発展を支えてきた。日本の四大銅山に数えられたこの鉱山には、かつて世界一の高さを誇った「大煙突」がそびえていた。

試行錯誤の連続

 大煙突は大正3(1914)年、日立鉱山で産出した銅の製錬による煙害を防止するために建てられた。延べ約3万7千人を動員してわずか9カ月で建造された大煙突は約156メートルの高さに達した。

 当時、全国の銅鉱山や製錬所にとって、煙害問題は宿命的ともいえる大きな課題だった。日立鉱山は当初から「煙害は、鉱業家がその道義的責任において補償すべきだ」として、補償協定を結ぶなど地元住民との信頼関係の確立に奔走した。

 一方、製錬所の生産量が増えるに伴い、煙害の被害範囲も拡大。日立鉱山は煙害解消に向けた設備作りを進めたが、その道のりは試行錯誤の連続だった。

 当時の煙害防止の常識は「低い位置から、空気などで薄めて排煙する」というものだった。この常識に従って明治44(1911)年には、十数カ所の排煙口を持つ長さ約1・6キロの煙道が地面をはうように設置され、大正2(1913)年には、空気を混ぜて有毒ガスを薄める装置が付いた煙突が建造されたが、いずれも煙害防止にはつながらなかった。

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