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【ベテラン特派員 米朝語る】金正恩氏を変えた「恐怖」 古森義久特派員「東アジア情勢激変、高笑う中国」 黒田勝弘特派員「体制保証のツケ、どう取り戻す」

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 黒田「結果的に金正恩と会っていないのは日本の首相、安倍晋三だけになった。慌てることはないが、拉致問題という日本固有の課題と国交正常化というカードを持つ日本としては、日朝首脳会談の実現を急ぐべきだ。時流に乗るというのでなく活用すべきで、金正恩にとっても拉致問題は父の時代の案件だから独自の対応はできるだろう」

 古森「自分の国の安全保障を自ら考え、自ら実行することが求められてきている。東アジアの安全保障環境の変化で、これまで当然と思ってきたことが当然ではなくなるだろう」

【用語解説】朝鮮戦争

 1950年6月に勃発し、朝鮮半島全域が戦場となった戦争。軍人や民間人ら約300万人が死亡したとされる。

 1910年に日本に併合された朝鮮は45年の第二次大戦終結に伴い、米国と旧ソ連に分割統治された。その後、米ソ対立や内部の権力争いを経て、半島は北部の北朝鮮と南部の韓国に分断され、それぞれが国家を樹立した。

 50年6月25日、北朝鮮は突如、半島のほぼ中間を走る北緯38度線を越え、韓国側に侵攻。3日後にソウルを陥落させた。韓国側は最南端の釜山まで追い込まれたが、9月、米軍主体の国連軍による仁川上陸作戦で戦況は逆転。国連軍は北朝鮮内への進軍を続けた。

 国連軍の進軍で、自国の安全保障を危惧した中国も介入を決定。中国人民義勇軍を派遣し、国連軍を押し返した。戦況は一進一退が続き、その後、38度線付近で膠着(こうちゃく)状態となった。

 53年7月、国連軍と北朝鮮軍、中国人民義勇軍の3者が休戦協定を締結。韓国は李承晩大統領が休戦に反対し、調印を拒否した。協定により、休戦当時の前線である軍事境界線と南北幅約2キロの非武装地帯が事実上の国境となった。

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