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【昭和天皇の87年】お世継ぎ誕生!「皇室万歳の声は大帝国の山河に反響せり」

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 万世を一系につなぐ皇子の名前が決まったのだ。それを喜ぶのに、貴賤も貧富もなかった。

 当時の時事新報によれば第一高等学校(現東京大学教養学部)の学生500人余が夜に提灯行列を行い、皇居前に整列して国歌を斉唱した。東京府下の各監獄もこの日は労務を休み、囚人に特別食が与えられたと、国民新聞に書かれている。

 皇居豊明殿では正午に祝宴が催され、皇族、公爵、各大臣ら親任官が一斉に万歳を唱えた。《これが宮中の御宴において万歳が唱えられた初例という》(1巻9頁)

 親王誕生の翌日と命名式の翌日、皇居の上空に雌雄2羽の白鳩が飛来し、舞い遊んだと伝えられる。これを見た宮中の女官らは平和の吉兆と喜んだ。

 だが、母となった節子皇太子妃はこの頃、複雑な心境でいたようだ。その胸の中ですやすやと眠る最愛の皇子と、別離のさだめが待っていたからである--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)宮内庁が24年の歳月をかけて編集した『昭和天皇実録』(全60巻約1万2000ページ)の本文は、この1文から始まる

(※2)辛丑は干支のひとつで、第38番目の組み合わせ。暦では1901年。祥雲はめでたい雲、瑞靄はめでたい靄(もや)。ともに吉兆を示す

【参考・引用文献】

○宮内庁編『昭和天皇実録』1巻

○明治34年5月1~7日付の国民新聞、都新聞、時事新報

○田中光顕監修、長野新聞編『聖上御盛徳録』(長野新聞)

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