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【昭和天皇の87年】お世継ぎ誕生!「皇室万歳の声は大帝国の山河に反響せり」

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 「三十日午後零時十分静岡発=親王御降誕の電報に接し市中一般国旗を掲げ祝意を表したり」

 「一日午前七時名古屋発=慶電に接し県民の雀躍一方ならず毎戸国旗を掲げ近日官民祝賀会を開く筈(はず)」

 「一日午前七時三十五分広島発=県民一同国旗を掲げ皇太子、同妃、親王各殿下の萬歳を奉祝したり」……

 幼少から病弱であった嘉仁皇太子が、明治33年5月の結婚後1年を経ずして世継ぎをもうけたことが、国民の歓喜に輪をかけた。

 明治天皇は15人の皇子女をなしたが、男子で成人したのは嘉仁皇太子のほかにいない。この時代もまた、皇統の維持が何より求められていたのだ。

 大任を果たした節子皇太子妃は当時16歳。新聞各紙は「御安産、御母子共御健全にあらせらる」と伝えた。

 5月1日付の都新聞が、万感を込めて書く。

 「辛丑(しんちゅう)の歳(とし)、四月二十九日の夜、此夜(このよ)月明らかに風清く、祥雲(しょううん)天に在りて瑞靄(ずいあい)地に洽(あま)ねし。安らけき夜来の眠(ねむり)覚(さ)めし帝都百万の士民、先づ祝賀の歓声を揚げ、四千万の同胞之に和して皇室萬歳の声は大帝国の山河に反響せり」(※2)

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