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【特派員発】韓国軍による虐殺が50年後も隠蔽されている ベトナム・ハミ村 吉村英輝

ベトナム中部ハミ村で、韓国軍虐殺事件の犠牲者慰霊碑を前にド・コイさんは、碑の裏面に刻まれた虐殺の記述が石板で覆い隠されたと証言した=今年3月(吉村英輝撮影)
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 ベトナム戦争中(1955~75年)の1968年、米軍部隊が当時の南ベトナムのソンミ(現ティンケ)村で住民500人以上を殺害したことは、よく知られている。一方で、同じ時期に韓国軍部隊による住民虐殺事件があったことは、あまり報じられていない。事件から50年たった今年3月、現地では、ベトナム政府要人や元米兵ら約千人が米軍による被害者の追悼式典を開いた。しかし、韓国軍が起こした事件については、歴史の“隠蔽”が続いていた。(ベトナム・ハミ村 吉村英輝)

記した碑文は石板で覆われた

 ベトナム中部クアンナム省ハミ村は、水田が広がるのどかな集落だ。路地を進むと、テニスコート2面分ほどの慰霊施設に着いた。石碑には、68年2月25日、ここで亡くなった村民135人の名前が刻まれている。南ベトナム政府に協力して参戦していた、韓国海兵隊の青龍部隊に殺害された住民たちだ。

 この虐殺は、現地を99年に訪れた韓国人研究者により広く知られるようになり、慰霊施設は、韓国の民間団体と同村が翌2000年に建てた。だが、施設のどこにも、虐殺の記述はおろか名称もない。

 案内してくれた生存者のド・コイさん(73)は石碑の裏面を指し、「実はここに虐殺について記してあるが、02年に石板で覆い隠した」と打ち明けた。

 コイさんによれば、00年の完成式典に参加した退役韓国軍人が、碑文の修正・削除を求めた。村は反発したが、韓国側は外交ルートで圧力をかけてきたという。共産党一党支配が続くベトナムで、「地方や農民に抵抗する力はない。仕方なく石板で歴史を“隠蔽”することにした」と振り返る。

 韓国外務省に事実関係をただすと、「ベトナム政府には石碑に関して何の要請もしていない」と否定した。

 コイさんによると、韓国軍がハミ村へ駐留を始めたのは1967年10月。ベトコンの通称で呼ばれた南ベトナム解放戦線を恐れた韓国軍は、約1千世帯いた村民に移動を命じたが、50世帯は残留を許された。韓国兵は当初、友好的で子供に菓子を配る兵士さえいた。

 だが、翌年2月25日早朝、韓国兵は急に態度を変え、村の住民を防空壕など5カ所に押し込んで、銃撃や手投げ弾で殺した。悲鳴が15分ほど続いた。コイさんは当時23歳。南ベトナム政府の徴兵を逃れるため、昼間は家から30メートル離れた防空壕に隠れていたため助かった。夜を待ち自宅を見に行くと、家は焼かれ、家の地下壕にいた13人中、死亡していた母や伯母らを埋葬した。重傷の弟は病院に運んだが、その後死亡した。

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