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【昭和天皇の87年】近衛師団長を惨殺! クーデター部隊が皇居に侵入した

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 徳川は抗戦派将校が決起する前から、万が一を思って録音盤を侍従職事務官室の軽金庫に収め、その周りを書類で埋めて隠していた。また、決起を知るや直ちに木戸と石渡荘太郎宮内大臣を案内して地下の防空室に避難させた。

 「私(徳川)は二回程廊下に出て見た。兵をつれた将校や二、三人の将校だけが何度も廊下を通った。録音盤と内大臣を捜していた。(中略)少し経って兵を連れた別の将校が来て、内大臣室を聞いたので、私は『案内するまでもなく、この階段を登ってゆけば最上階に内大臣室がある』と教えたが、内大臣が自室に居られないことを承知の上であった。将兵の一部は階上へ、その他は階下へと去って行き、私は日の出も間近いと感じた」

 未明の皇居で繰り広げられる、前代未聞の軍暴発。それに終止符を打ったのは陸相、阿南の割腹自決だった--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)畑中少佐ら決起将校は森師団長を殺害後、事前に準備していた作戦命令に師団長印を押し、「近作命甲第五八四号」を発令。「一、師団ハ敵ノ謀略ヲ破摧(はさい)天皇陛下ヲ奉持我カ国体ヲ護持セントス」「二、近歩一長(近衛歩兵第1連隊長)ハ其ノ主力ヲ以テ東二東三営庭及ビ旧本丸馬場付近ヲ占領シ外局ニ対シ皇城ヲ守護シ奉ルヘシ又約一中隊ヲ以テ東京放送局ヲ占領シ放送ヲ封止スヘシ」「三、近歩二長(近衛歩兵第2連隊長)ハ主力ヲ以テ宮城吹上地区ヲ外周ニ対シ守護シ奉ルヘシ」などとする近衛命令を各部隊に下達したが、虚偽と見破った連隊長、部隊長も少なくなかった。実際に動いたのは近衛歩兵第1、第2連隊の一部で、このうち宮城内で玉音放送の録音盤と木戸幸一内大臣を捜索したのは2個小隊ほどだった。

【参考・引用文献】

◯宮内庁編『昭和天皇実録』34巻

◯外務省編『終戦史録』(官公庁資料編纂会)

○竹下正彦「機密作戦日誌」(軍事史学会編『大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌』新装版下巻所収)

○池田純久『日本の曲り角 軍閥の悲劇と最後の御前会議』(千城出版)

○森下智『近衛師団参謀終戦秘史』(非売品)

○下村海南『終戦秘史』(大日本雄弁会講談社)

○御厨貴、岩井克己監修『徳川義寛終戦日記』(朝日新聞社)

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