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【アメリカを読む】中露シャープ・パワーに対抗するヒント? 自由伝えた米「ジャズ外交」を振り返る

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 米国務省は冷戦初期の1950年代半ばから70年代の終わりまで、著名なジャズ奏者を海外に派遣していた。ソ連が画策する世界各地での共産主義化を食い止めるため展開した文化外交の対象には左傾化が懸念された日本も含まれた。中露が世界各地でふるっている「シャープ・パワー」と何が違うのか。首都ワシントンの同省外交センターで開かれている「ジャズ外交」をテーマにした写真展に足を運び、考えてみた。

ソフト外交

 会場には、クラリネット奏者のベニー・グッドマンがビッグバンドを率いて1957年に初来日した際、富士山の絵を背景に演奏する写真も飾られ、通りかかった外交官らが興味深そうに展示に見入っていた。

 外交センターの歴史家であるアリソン・マン氏は「ジャズ奏者たちは民間外交官としてソ連圏の国々に赴き、ジャズをソビエトのプロパガンダと戦う手段としてソフト外交を展開しました」と説明する。

 第34代大統領ドワイト・アイゼンハワーの承認を受けて56年、イランを皮切りに最初の演奏旅行に赴いたのは黒人のトランペット奏者ディジー・ガレスピーだった。リサ・ダベンポート著『ジャズ外交』によると、アイゼンハワーの決定を伝達されたガレスピーは「米国の代表」として派遣されることを誇りに思い、米紙に「米国では黒人がうまくやっていることを人々に示したい」と述べた。

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