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【昭和天皇の87年】「万民の生命を助けたい」…天皇は何度も手袋で眼鏡をぬぐった

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 この際私としてなすべきことがあれば何でもいとわない。国民に呼びかけることがよければ私はいつでもマイクの前にも立つ。一般国民には今まで何も知らせずにいたのであるから、突然この決定を聞く場合動揺も甚(はなはだ)しかろう。陸海将兵にはさらに動揺も大きいであろう。この気持をなだめることは相当困難なことであろうが、どうか私の心持をよく理解して陸海軍大臣は共に努力し、よく治るようにしてもらいたい。

 必要あらば自分が親しく説き諭してもかまわない。この際詔書を出す必要もあろうから、政府はさっそくその起案をしてもらいたい。

 以上は私の考えである--

× × ×

 御文庫附属室のコンクリート壁をも震わす玉声。出席者の誰もが泣いていた。激しく嗚咽(おえつ)する者もいた。

 昭和天皇もまた、白い手袋で何度も眼鏡を拭った。

 聖断は下された--。

 下村は書く。

 「陛下は席をたゝれた。一同は涙の中にお見送りした。泣きじやくり泣きじやくり一人々々椅子を離れた。長い長い地下壕をすぐる間も、車中の人となつても、首相官邸へ引き上げても、たまりの間にも閣議の席にも、思い出してはしやくり上げ、涙は止め度もなく流れる……」(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

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