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【正論6月号】習近平と金正恩 呉越同舟の親近感 恩讐を超えて熱烈歓迎 評論家 石平

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 特に外交戦略の推進にあたっては、このような独裁体制は至って有効である。一人の頭脳明晰な独裁者は情勢の変化をその都度冷静に判断してトップダウンの意思決定を行い、自らの意思を国家・国民の意思として貫徹させる。そして国内的には誰からも邪魔されることなく自らの方策を自由自在に講じていくことができるから、このような独裁者の進める外交ゲームはまさに変幻自在、時には鮮やかでさえある。

 実際、2017年の1年と今年になってからのこの数ヶ月間、韓国の大統領はもとより、良い年をした米中両大国の首脳でさえ、北朝鮮の「若僧独裁者」に翻弄されながら彼の進めるゲームに否応なく付き合わされている有様である。金委員長にそんな芸当ができたことの背後には、彼自身の外交手腕以上に、その「生まれながらの独裁者」としての強みがあったのであろう。

 この金委員長と比べれば、大国中国の独裁者となった習近平主席は、独裁者としての強さの面においてはむしろ遜色がある。金委員長より1年遅れて最高権力の座についた習主席は「後輩独裁者」でもあるが、習主席と金委員長との最大の違いは、習氏の独裁者としての立場は「血統」を拠り所とするものではない、との点である。

 習主席の父親は一応、中国共産党の革命第1世代の高級幹部ではあるが、彼は別に、建国の父の毛沢東とは何の血縁的関係もないし、前任の胡錦濤主席とは親戚であるわけでもない。

 中国の場合、毛沢東の後継者となりうる子息の毛岸英が朝鮮戦争で戦死したことで、最高権力の世襲が不可能となって「血統の論理」が効かなくなった。だから毛沢東の後、●(=登におおざと)小平や江沢民や胡錦濤などの指導者は「血統」とは無関係の理由で最高権力の座についた。その代わりに、彼らの誰一人としても本物の独裁者にはなれなかった。

 1980年代初頭に●(=登におおざと)小平が集団的指導体制と指導者の定年制を導入して以来、●(=登におおざと)小平自身も自らの定めたルールに従って政治の舞台から身を引いたし、江沢民や胡錦濤も国家主席を2期10年務めた後に引退した。今でも生きている江沢民と胡錦濤は2代連続で引退したからこそ、習近平は彼らの後を継いで最高指導者となったわけである。

 しかし2012年11月に共産党総書記に、2013年3月に国家主席に就任して最高権力者の座についてから、習近平氏はその独裁志向を剥き出しにして、かつての毛沢東と同様の終身独裁者への道をひたすら突き進んだ。習氏はまず「腐敗摘発運動」の推進をもって政敵をつぶし党と軍の幹部たちを完全に黙らせて権力基盤を強固なものにした後、去年10月の党大会においては「習近平思想」と称する自らの「思想」を共産党の指導理念として党の規約に盛り込むことに成功した。

 今年3月の全国人民代表大会(全人代)ではこの「習近平思想」を中国の憲法にも書き込んだ。これで習近平氏は、まさに「朕は憲法なり」・「朕は国家なり」と言わんばかりに唯我独尊の独裁者となったわけであるが、彼はさらに、自分一人のための憲法改正までを強行して、●(=登におおざと)小平の時代以来定められた国家主席の2期10年の任期制限を撤廃させた。これで彼は、かつての毛沢東や北朝鮮の金一族の面々とは同様の終身独裁者になるのである。

「自転車操業」の宿命

 こうしてみると、「生まれながらの将軍」の金正恩氏とは違って習近平は「血統の論理」ではなく「力の論理」によって、血筋ではなく自力をもって独裁者の地位に登り詰めた人間である。

 それは当然、習氏の政治家としての強さの現れでもあるが、その一方、まさにこのような違いにおいてこそ、金正恩氏と比べての習氏の独裁者としての弱みがあり、習政権のアキレス腱もあるのである。

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