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【昭和天皇の87年】前例なき御前会議 陸海軍両総長は泣きながら抗戦を訴えた

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 午前11時2分、侍従武官長を従え、昭和天皇が入室する。一同は起立し、首相の鈴木が玉座の前に進んだ。

 《首相は前回の御前会議以後の最高戦争指導会議及び閣議の経過につき説明し、この席上において改めて無条件受諾に反対する者の意見を御聴取の上、重ねて御聖断を下されたき旨を言上する》(34巻44~45頁)

 鈴木から発言を促され、梅津美治郎参謀総長と阿南惟幾(これちか)陸相は、連合国の回答では国体護持に不安があること、再照会すべきであること、聞き入れられないなら抗戦して死中に活を求めることを、声涙で訴えた。

 豊田副武(そえむ)軍令部総長も泣いていた。

 「今日までの戦争遂行において、海軍の努力の足らなかったことは認めます。陸海軍の共同も決して十分ではありませんでした。これからは過ちを改め、心を入れ替え、最後の奮闘をいたしたいと思います。本土決戦の準備はできております。いま一度、戦争を継続することをお願い申し上げます」

 三人の発言のあと、再び静寂。

 しばらくして、昭和天皇が口を開いた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)バーンズ回答 国体護持(天皇の地位の保全)を唯一絶対の条件とし、ポツダム宣言を受諾するとした日本政府に対する連合国の回答。対日強硬派で知られる米国務長官ジェームス・バーンズの書簡として発表されたことから、この名がついた。ポツダム宣言を補足する5つの条項が示されたが、このうち第1項の「天皇は連合軍最高司令官にsubject to(従属)する」と、第4項の「日本の政治形態は日本国民の自由に表明する意思により決定される」との文言が、国体護持の条件を拒絶したとも受け取られ、政府と軍部は大混乱に陥った。

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