PR

ニュース プレミアム

【昭和天皇の87年】悲劇の満州在留邦人 婦女子らの列にソ連軍戦車が突っ込んだ!

Messenger

 ところでこの間、在留邦人を守るはずの関東軍は何をしていたのか。

 ソ連軍侵攻前、省都の興安は3個師団を有する第44軍に守られていた。しかし8月10日、関東軍総司令部は、興安の邦人を残して第44軍を首都新京や奉天に後退させる命令を下す。同軍はこれを邦人に知らせぬまま、秘密裏に移動を開始した。

 事件当時、興安周辺は無防備状態だったのだ。

 関東軍の方針は、在留邦人を犠牲にしてでも全軍を後退させ、長期持久戦に持ち込むというものだった。このため在留邦人の逃避行は悲惨を極め、葛根廟と類似の事件が各地で起きた(※2)。

 防衛庁編集の公刊戦史が、悔恨を込めて書く。

 「最後の対ソ防衛戦における在満居留民の動態は、我が国の歴史上類例のない大悲劇であり、それはまた統帥との相関性についても大きな問題として残されている……」

 地上戦に巻き込まれ、文字通りの“地獄”に突き落とされた満州の在留邦人。凄惨な被害が刻一刻と拡大する中、東京では、最後の御前会議が始まろうとしていた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)邦人避難のリーダー役だった浅野良三参事官はソ連軍に射殺される直前、馬上で刀を抜いたとする説もある

(※2)葛根廟事件のほか終戦前後に起きた虐殺事件では、1945(昭和20)年8月13日に南満州鉄道(満鉄)の避難列車が満州・吉林省の小山克(しょうさんこく)で暴民に襲撃され、多数の邦人婦女子が強姦、虐殺されたうえ、100人以上が集団自殺に追い込まれた小山克事件。戦後の1946(昭和21)年2月に旧満州・通化市で、民間の邦人約2千人が中国共産党の八路軍と朝鮮人民義勇軍に虐殺された通化事件などがある

【参考・引用文献】

○興安街命日会編『葛根廟事件の証言 草原の惨劇・平和への祈り』(新風書房)

○藤原作弥『満州、少国民の戦記』(新潮社)

○田中忍「血涙」(『葛根廟事件の証言』所収)

○佐藤百合枝「葛根廟事件からの生還」(同)

○佐村恵利編『あゝホロンバイル 元満洲国興安総省在住邦人終戦史録』(非売品)

○防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 関東軍(二)関特演・終戦時の対ソ戦』(朝雲新聞社)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ